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最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)291号 判決

上告人 木村威 外四名

被上告人 国 外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人荒井金雄、同河崎光茂、同鈴木栄二郎、同飯田孝朗の上告理由は別紙のとおりである。

論旨はまず、全文改正された昭和三三年五月法律第一二八号国家公務員共済組合法のもとにおいても、同法で定める長期給付の事業は、組合の事業であつて連合会の事業ではなく、従つて、掛金の俸給に対する割合の決定も、連合会ですべきではなく、組合ですべきものであるというのである。

よつて同法の規定を見るに、同法二一条一項一号は、連合会の事業として「長期給付の決定及び支払」とのみ規定し、また同法二四条一項六号は、連合会の定款の記載事項として「長期給付の決定及び支払に関する事項」とのみ規定して掛金に関する事項を規定せず、一方、組合の定款記載事項を定めた同法六条一項では、その六号で「給付及び掛金に関する事項」と規定してあつて、所論にのよう、長期給付の決定及び支払の事務以外の事務は、すべて単位組合の事務に属するようにも見える。

同法施行前の旧国家公務員共済組合法のもとにおいては、事業は組合を中心に行われたことはいうまでもない。しかし昭和三三年の法律文改正は、従来の恩給制度にかわるものとして長期給付の事業を取り入れたのであつて、ことの性質上小規模の組合では合理的な運営が困難であり、連合会の事業とすることが妥当であることは明白である。これを法律の規定上から見ても、同法一〇一条三項(昭和三四年法律第一六三号により同条四項に変更)は、加入組合は長期給付に充てるべき掛金を連合会に払い込むべき旨を規定し、同法三六条、一八条は、連合会は長期給付に充てるべき積立金を積み立て、これを運用すべき旨を規定し、ことに、同法四一条一項が、長期給付に関する多くの事項について、他の規定中の組合を連合会と読み替えていることによつても、同法の趣旨が、連合会加入組合に関する長期給付の事業を連合会の事業とするにあることは明らかである。俸給と掛金との割合についても、同法四一条一項は、一〇〇条二項の組合を連合会と読み替えているのであるから、連合会の定款で定めるべきことに帰し、その割合を組合で定めさせる趣旨とは解することができない。

論旨は、加入組合の組合員は組合の運営審議会に参加して組合の掛金率の決定、変更について、組合員の意思を反映することができるにかかわらず、連合会は組合員が直接に構成していないため、右のように、長期給付の事業を連合会の事業解とするならば、長期給付の事業については、組合員の意思が反映されないというのである。しかしながら、連合会は加入組合によつて構成され、加入組合が組合員の意思を反映するような組織のもとに運営されている以上、連合会も間接的には組合員の意思により運営されているものというべく、所論のような理由によつて、長期給付の掛金率を各組合で決定すべきものということはできない。

論旨はまた、同法施行後においても昭和三四年一〇月一三日までは、長期給付の掛金率を連合会決定款で定めず各組合定款で定めていたごとにより、連合会定款で長期給付の掛金率を定めることは違法であるという。

もとより、各組合がその定款で長期給付の掛金率を定めることが違法であるとはいえない。各組合の定款で短期給付の掛金率を定めている以上、長期給付の掛金率も組合定款で定めることが望ましいといえるかも知れない。論旨で述べている連合会定款による長期給付の掛金率決定に至るまでの監督命令並びに通達の経緯も、右のような趣旨において理解できないことではない。しかし、前述のように、長期給付の事業を連合会の事業と解すべく、そして事業主体たる連合会が定款を変更して掛金率を定め、大蔵大臣の認可を得た以上は、各組合の定款においてもこれと異なつた掛金率を定め得ないのは勿論、組合中に、定款で掛金率を定めないものがあつても、連合会定款の掛金率をもつて、法一〇一条による給与からの控除をすべきは当然であり、組合及び連合会がその控除された掛金額の払込を受けた点において何ら違法とすべき理由はない。論旨はすべて理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、三九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 長部謹吾 入江俊郎 松田一郎 岩田誠)

上告理由書

一、原判決はその事実及び理由において、全面的に第一審判決の事実及び理由を採用している。

そして、その採用された事実は、当事者間に争のないものであり、ただこの事実に対して適用さるべき法令の解釈適用が争われているのであるが、その争点は要するに国家公務員共済組合法(以下単に法という)の解釈適用上共済組合の長期給付の掛金率の決定権は国家公務員共済組合連合会(以下単に連合会という)にあるのか、それとも各連合会加入組合(以下単に加入組合という)にあるのか、ということである。

そしてこれに対して第一審判決は、加入組合にかかる長期給付の掛金率は連合会の定款で定められるべきものであることは法第一〇〇条第二項、第四一条第一項に規定するところであり、しかも右規定は、長期給付の掛金率が連合会の定款によつてのみ決定されることを規定したものと解すべきであるとして、上告人の請求を棄却し、さらに原判決もこの結論を全面的に支持して上告人等の控訴を棄却しているが、これは以下述べる理由によつて明かなうように法の解釈適用を誤つた結果このような間違つた結論に達したものであるから、上告を認容して原判決を破棄し、さらにこれと同じ理由に基づく第一審判決を破棄し、自判によつて上告人の請求を認容すべきものである。

二、すなわち昭和三三年法律第二一八号による法の全面改正の結果昭和三四年一月一日より新たな長期給付制度が実施されることになつたが、それ以前の旧法においては、新法の長期給付にあたる退職給付等の事務は各加入組合の事務とされていたので、長期給付の事業の主体が各加入組合であることは明瞭であり、各加入組合にかかる長期給付の掛金率は各加入組合の定款のみによつて決定されていた。

すなわち、そこでは、本来共済組合は、組合員の出捐による相互救済を目的とする相互組織であるから(法第一条第一項)、その組合員で組織する各加入組合が、かかる事業を行うことが当然のことと考えられた訳である。

そしてこの法理は、前記法の改正後も依然として変らないものである。

ただ、右改正によつて、長期給付に関する事務の主要な部分が連合会の事務とされたので、長期給付の事業主体が連合会に変つたのではないか従つて、その掛金率の決定権も連合会に移つたのではないかという疑問が生ずる余地がある(事実、原判決はかかる認識並に解釈に基づいている)。

三、しかし改正法においても連合会の事務とされているものは、あくまで各加入組合の事業のうち「長期給付の決定及び支払」を共同して、行うことである(法第二一条第一項第一号)。なおこの場合でも、各加入組合が自ら「長期給付の決定及び支払」の事業を行うことを妨げるものではない(同条第二項)。

そして、連合会の定款の必要的記載事項は「長期給付の決定及び支払に関する事項」である(法第二四条第一項第六号)。

従つて、これ以外の事務は連合会のなすべき事務ではないことになる。これに対して長期給付及び掛金に関する事項は包括的に加入組合の事業とされ、右の事項は加入組合の定款の必要的記載事項とされている(法第六条第一項第六号)。

従つて長期給付の掛金率の決定はあくまでも各加入組合によつてなさるべきものであり、これは各加入組合の定款の必要的記載事項である。

よつて、このような法の建前からすれば、長期給付の事業の主体は理念的並に実定法上はやはり加入組合であり、長期給付の掛金率の決定権は依然として加入組合にあるといわざるを得ない。

四、このことは法の規定上明らかであるのみならず、制度の実体面からも首肯せられる

すなわち、加入組合の組合員はその運営審議会に参加して、組合の掛金率の決定変更についてその意思を反映することができる法(第九条、第一〇条第一項第一号)。実際において、上告人等の加入する通商産業省共済組合は、その運営審議会の委員一〇名のうち組合員を代表する者五名が参加している(同組合定款第一〇条第六号)。

ところが、連合会は各加入組合によつて構成され、組合員が直接構成するものではなく、いわゆる団体加入の形をとるものであり(法第二一条第一項)しかもその定款変更等の重要な事項は評議員会の議を経なければならないとはいえ、この評議員会は、各加入組合を代表する組合員である評議員各一名のみをもつて組織するにすぎず(法第三五条第一項)、実際にはこの評議員には、各加入組合の組合事務主管課長が任命されているのであるから、評議員会には一般組合員の意思が反映される余地がないといつてもいい過ぎではない。

抑々、掛金は組合員が相互救済のための相互組織としての組合に対し自からの給料の中から出捐する共同出資金であるから、その給料との比率はもつとも重大な利害関係のある事項であり、これはあくまで、組合員の意思に基いて決定さるべきものである。従つて、法は前記のように民主的な構成になつている各加入組合がこれを決定すべきものと定めているのである。

五、第一審判決は、法第一〇〇条第二項、第四一条第一項を根拠として、出金率の決定権は連合会にあるというが、かかる解釈は法の規定、とくに前記の如く法第六条第一項第六号、第二一条第一項第一号、第二第条第一項第六号の規定を無視するものである。

すなわち、法第四一条第一項本文は、給付の決定について定めたもので、そのカツコ内の読み替え規定は、法第二一条第一項第一号において加入組合にかかる長期給付の決定が連合会の事業とされていることを前提とするものであり、その意味で後者が基本規定であり、前者は、この基本規定を具体化するいわば施行細則的な規定である。従つて法第一〇〇条第二項のばあいにおいても、加入組合にかかる長期給付については、連合会と読み替えるという法第四一条第一項の規定は、基本規定である法第二一条において右長期給付の掛金率の決定が連合会の事業とされていることを前提とするはずのものであるが、基本規定たる法第二一条第一項第一号においては、前記の如く明確に「長期給付の決定及び支払」の事業のみが連合会の事業とされ、掛金率の決定はその事業に含まれないとしているのであるから、前記読み替え規定は、その前提を欠く無意味な規定であつて、立法上のミスといわざるを得ない。

それにもかかわらず、この不完全な単なる読み替え規定をあくまでも根拠として、第一審判決のごとき解釈を固持することはまさに本末転倒も甚しいといわねばならない。

六、実際の運営においても、前記改正法(昭和三三年法一二八号)の施行後昭和三四年一〇月一三日までは、各加入組合とも、長期給付の掛金率は各加入組合の定款のみによつて定められ、連合会の定款にはなんら定められていなかつたのであつて、監督官庁である大蔵大臣をはじめ、連合会並びに各加入組合及びその組合員は、全て、長期給付の掛金率は各加入組合の定款のみによつて定めるべきだとの解釈に基いて運営してきたのである。

そして、昭和三四年五月一五日法律第一六三号「国家公務員共済組合法の一部を改正する法律」が公布施行され、同年一〇月一日から上告人等は新たに右改正法による長期給付の規定の適用を受けることになつた。

そこで、大蔵大臣は、本件長期掛金率の決定に当つて、上告人等の加入する通商産業省共済組合の代表者宛それぞれ昭和三四年一〇月三日並に同月六日付監督命令並に通達を発して、同組合の長期給付の掛金率の定款変更を指示、命令したのである(甲第一号証、第二号証)

これを受けて、同組合の代表者通商産業大臣は、定款変更のための運営審議会の開催を計画し、運営審議会委員宛の開催通知を出している(甲第三号証)。

ところが、この掛金率の天下り的決定に対して、一般組合員の不満の声が起り、そのために運営審議会の開催が困難となり、従つて昭和三四年一〇月一日から施行の新長期組合員の初の給与支給日である一〇月一七日以前に加入組合の定款変更が困難となるや、突然同月一四日付官報告示の連合会の定款を以つて長期掛金率を決定し、これを同年一〇月一日に遡り実施するという窮余の一策に出た。その根拠となつたのが、前記の法第四一条第一項の読み替え規定である。

七、これは、それまでの長期間に亘る実際の運営実績を無視してこれを一方的に廃棄し、不完全な法文の末をとらえて、全体の法の規定、並にその趣旨、目的を全く歪めて解釈したものであり、まさに法の曲解というべきであるのみならず、これまでの実際の運営実績について有する一般組合員の信頼利益を侵害し、かつ、かかる運営実績に裏付けられた従来の正しい法の解も運用並に法律生活の安定と秩序を一方的に廃棄、変更したのであつて、これらの点からいつてもかかる法の解釈、運用際許されないものである。

八、第一審判決は、連合会が長期給付に要する費用は、その費用の予想額と、掛金及び負担金の額並にその予定運用収入の額の合計額とが、将来に亘つて財政の均衡を保つことができるように、かつ毎年度の掛金及び負担金の額が平準的になるように定めるためにすべての連合会加入組合の最近数年間の施行令第一二条第二項各号所定の事項を基礎として算定すべく、またすべての連合会加入組合を組織する職員を単位として算定すべきこと(法第九九条第一項第二号、施行令第一二条第二項、第一二条の二第二項)加入組合は長期給付の掛金並に国の負担金として払込を受けた金額は、その払込のあるごとに連合会に払込むべきこと(法第一〇一条第四項、第一〇二条第三項)、連合会は長期給付にあてるべき積立金(責任準備金)を積立て、管理、運用すべきこと(法第三六条第一八条、第一九条、第三九条)等の法の規定からすれば、新法においては、長期給付については連合会が保険者の地位にあり、従つて、その掛金率を決定するのは当然であるとする。

しかし、右のような規定の趣旨は、長期給付については、その規模の大きさや、合理的な長期計画の必要、そしてそのための資料の蒐集の必要、掛金等のプール計算、運用の合理化などの要請から、便宜上、各加入組合の共同事業として、連合会に長期給付の決定及び支払の事業を委託したことに基くものであつて、ばあいによつては加入組合が行うこともできるのであり、このことによつて直ちに、掛金率の決定権まで連合会に属するものであるという結論はでてこない。

前述の如く、各加入組合の相互組織としての基本的性格、その民主的構成、これに対する連合会の、各加入組合の事業の一部を共同して行うための便宜的、かつ共同的な事務処理機関的性格、その非民主的構成さらに掛金は各組合員の相互救済のためにその給料から差引いた共同出捐であるという性質等から「掛金率の決定権は各加入組合にある」という根本原則が導き出されるのであり、これは現行法上いささかもゆるがすことのできないものである。

そのばあい論者はあるいは掛金率の決定、変更の困難をいうかも知れない。しかし、連合会が必要且十分な資料を示し、それに基く合理的計算を示し、これが客観的にも合理的なものと認められるならば、本来利害の対立は存在しないのであるから、各組合員の同意(各加入組合の定款変更)は容易に得られるはずのものであり、かかる努力をしないで、一方的に掛金率を変更しようとするところに、根本的な誤りがあることを反省すべきである。

九、さらに第一審判決は、法第六条第二項第六号の規定が、各加入組合の長期給付にかかる掛金に関する事項についても各加入組合の定款に定むべきこととしているのは、法が既にその事項については連合会の定款で決定されたところではあるが、なおその重要性に鑑み、それを各加入組合の定款にも掲げることとしたからにすぎないというが、ただ掲げるだけでは無意味であり、また前記の各理由並に定款は各組合内部における自主的規範として各組合員の意思に基いて定立されるという性質からいつても、右の解釈は到底納得することはできない。

前述のように、法第四一条第一項による第一〇〇条第二項の読み替え規定は、立法上のミスとして無効であると考えるべきであるが、これを努めて前記各法条と矛盾なく解ずるには、各加入組合の定款と連合会の定款との双方に定めなければならない趣旨と解するの他はなく第一審判決の考え方は、まさに逆であるといわざるを得ない。

一〇、以上の理由から明かなように、原判決並に第一審判決は法の規定並にその趣旨、目的を誤つて解釈した結果、被上告人等の行為を適法なものと判断し、その違法を前提とする上告人等の控訴並に請を江棄却したものであるから、これらの判決を順次取消して、上告人等の請求を認容すべきことを求めるため本上告に及んだ次第である。

以上

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